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#02 染井社長に聞く
KALTECH ストーリーズ
前回までは、
染井社長が高専時代に初めて光触媒に触れてからの学生生活をお伝えしました。
2回目となる今回は、自分の希望の部署とは違う部署に配属が決まったことから、
思わぬ人生が始まります。

遊び続けた結果…

──
相当楽しい大学生活だったんですね。
染井:
サークルを作ったら、これにハマってしまって(笑)勉強よりも面白い。こっちが面白くなってきて、ちょっと挫折し出すわけですよ。大学院行っても、もちろん一応大学院生なんで、学生の面倒見ないといけないんだけど、大学院行ってもテニスをやっていました。研究は研究で真面目にやって成果も出したんですが、何か就職する意欲が薄れてくるというか、遊びが楽しくて、大学がすごく楽しかったからなんか就職したくないなーという気持ちになりました。
──
光触媒ほど熱中できるものがなかったってことですかね?
染井:
実は触媒の業界でトップの論文誌があるんですけど、そこに一応載せてもらいました。それなりに成果出しましたよ。結構、ハマったらハマる方です。高校や大学はあんまり勉強しなかったけど、大学院の時は一番勉強していて、人間ってこんなに頭に1日で入るんやっていうくらいめっちゃ入りましたよ。
──
ということは触媒には詳しくなった?
染井:
触媒はおもしろかったんです。触媒って知っているようで、みなさん知らないんですよ。触媒は化学反応には寄与しないんです。どういうことかというと、触媒になる物質そのものは増えもしないし減りもしない。だから触媒は半永久的に残るんです。手伝うだけなんですよね。手伝うだけでそんな反応が起こるのは、すごいことなんで、そういう意味ではすごく面白かったんです。

そしてシャープへ

──
先ほど就職にはあまり興味がなかったということでしたけど。
染井:
ギリギリまで遊んでたので、「染井さん就職どうするんですか」と後輩に言われて。そう言われてみれば、みんな就職活動していて、これやばいと(笑)。それで、後輩に「俺考えてへんねん」と言うと、「それあかんでしょう」と怒られて、さすがにこれはやばいと。ただですね、僕の人生は割と人脈に恵まれてて、サークルにテニスの顧問の先生がいたんです。その先生が阪大出身で、「染井お前就職どうすんだ」とよく言われてました。その先生が、「俺の同級生に今シャープの常務、役員でいるから言うてあげよか」と言われて。それで、「お願いします」言いましたら、一発で決まりました(笑)。
──
じゃどうしてもシャープに行きたいと言うわけではなかったんですね。
染井:
何もシャープに入りたくて入ったんじゃないんですよ。笑うでしょほんまに。でも、入ったからには、僕はシャープのために、研究したことで成果を出したいと。化学を勉強してきたので、何かないかなと調べてみたら、あの当時奈良の新庄工場にソーラーの事業部があったんです。化学や素材とかがあったので、ここやなと思いました。そこで、役員面接の時に「何がやりたいんですか」と聞かれたから、「ソーラーの部材とかやりたいんです」と言いました。ところがそれが浅はかで。役員から「君、石油とかいつなくなると思ってんの?」と言われて。「太陽光が、いつ日の目を見ると思って君はやりたいと思ってるんだ?」と聞かれたんですよ。僕は「いや、わかりませんわ」って言うてしもたんです(笑)。「とにかく僕は御社に化学の力で活躍したい」と。学生のノリでした。僕も最後の方は、2年間新入社員の面接官をやってきまして、毎年4、50人ぐらいみてきましたが、そんなアホなこと言う奴はいませんでした(笑)

希望が叶わず 予想外の部署へ

──
これは希望通りの配属になりそうもない空気ですね。
染井:
配属前の研修で僕は、テレビチューナーを作っている部門に配属されたんです。化学をやってたから、はんだごても握ったことなかったんです。ところが、僕は割と器用やったから、めちゃくちゃうまかったんですよ。初めてやったのにですよ。ほんなら「お前凄いな」って言われて、ほんで「ここに残ってくれへんか」って言われて(笑)。だけどその時の上司が、めちゃくちゃ嫌な上司やったんですよ。なので、ここの部署、絶対配属嫌やなぁと。悪態もついてました。俺は化学やから、絶対に電気回路はないわって言ってたんです。ところが、配属が決まる日です。「染井君、部品事業部第一事業部」って言われて。「すいません、もう一回お願いしますと」って聞き直しました。その嫌な上司のところやったんですよ(笑)。 これはあかん、もうやめようと。
──
サラリーマンなら誰しもありそうな場面ですよね。
染井:
それで、大学で教えてくれた先生に「大学院まで行って、化学の研究したにも関わらず電気回路の配属です。やめたいんです」と言いました。すると先生が「もうちょっと我慢せーや」と言われて、ほんで我慢してやってたら、みんな先輩も可愛がってくれて。すると、なんか会社がおもろくなってきて、それで続けたんですよ。結局人とのめぐり逢いですごく僕は成長しているんですね。就職の時は先生が助けてくれて、会社入ったら一番嫌な上司が僕を育ててくれて。何を育ててくれたかというと、自分で企画して自分で設計して自分でものづくりやって、それで、売ってこいと。いわゆる会社の一連の業務を上司が任せてくれたというね。実は最高の上司だったんです。
シャープで光触媒の研究をするかと思いきや、全く畑違いの部署に配属された染井社長。
しかし、上司に恵まれて、思いっきり仕事を楽しむ最高のサラリーマン人生となりました。
次回は、マネージメントをするようになってからの苦悩のサラリーマン生活を振り返ります。


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